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内定を断って秋田へ移住!「まちづくりファシリテーター」になったママ【ママの履歴書】前編

「まちづくりファシリテーター」になったママ【ママの履歴書】

子育てしながら働くのって、シンドイ、大変そう…。この先には何があるの…?
そんなママへ、少しだけ先を歩く、隣りの働きママからのメッセージ「ママの履歴書」。

今回は、「移住からのフリーランス」という道を選んだ美沙緒ママの履歴書の前編をお届けします。


美沙緒ママ

美沙緒ママ
Misao Mama

4歳の女の子のママ。徳島出身。大学院卒業と同時に夫の出身地である秋田へ移住し、教育委員会勤務などを経て、現在は「まちづくりファシリテーター」としてフリーランスで活動中。

ファシリテーターの仕事は、「話し合いの場」をつくること

私の仕事は「まちづくりファシリテーター」。ファシリテーターとは、話し合いを中立的な立場で進行する役割のこと。現在は、主に行政やNPOの依頼を受けて、“地域の未来を考えるワークショップ”などの司会進行をしています。

ワークショップに参加するのは、その地域に住んでいる一般の方。自治会の人や学生さん、もちろん子育て中のお母さんも。さまざまなバックグラウンドを持った人たちだから、それぞれの立場や考えは違って当然。だからこそ、「話し合いの場」が重要なんです。

私の役目は、そんな「話し合いの場」を整えること。実際には当日の司会進行は仕事の2割で、8割の時間は事前準備に費やしています。具体的には自宅でパソコンに向かってプログラムをつくったり、依頼者との打ち合わせですね。

当日の参加者は、「ワークショップ」や「話し合い」といった場には慣れてない方がほとんど。そんな方たちに意見を出してもらい、話し合いをまとめていくには、その場の雰囲気づくりも大切です。お茶やお菓子を用意したり、言葉掛けを工夫して、意見の交換が生まれる雰囲気づくりをしています。

大学院卒業後、秋田へ移住!ファシリテーターを志す

学生時代から役割としての「ファシリテーター」は知っていたけれど、それを仕事にしている人がいると知ったのは、大学院を卒業後、秋田に移住してからでした。

私は徳島県出身で、学んだ大学は高知県、大学院は奈良県。卒業後は就職するつもりで、東京の企業から内定ももらっていました。ところが、そんな時、出身地である秋田県で働いていた彼氏からプロポーズされたんです。

このまま東京で就職するか、それとも彼のいる秋田へ行くか、とても迷いました。でも、彼の「故郷に貢献したい」との決意は固く、結婚すればいずれ自分も秋田で暮らすことはわかっていました。そのうち住むのなら、早く行って一刻も早く秋田に慣れた方がいい。そう考え、内定は辞退し、秋田への移住を決めました。

秋田で暮らし始めた頃、「地域の中でファシリテーターを専門にしている女性がいる」と知りました。大学院で文化財について学んでいた頃、集落の未来を考えるワークショップを企画した経験から、ファシリテーターの必要性はわかっていました。そこで、「私もなりたい!」と考えて、その女性に相談し、半ば弟子入り。教育委員会の臨時職員として文化財保護の仕事をしながら、勤務時間外に“師匠”に同行して学ばせてもらい、実地で経験を積んでいきました。

ワークショップを進行しながら、発言を記録・図式化していく「グラフィックレコーディング」も、話し合いに大切なスキル。

病気を持って生まれてきた長女。仕事は続けられないと退職

秋田に移住して5年後、妊娠が判明。臨時職員という立場でしたが、職場には「ぜひ帰ってきてね!」と言ってもらえて、出産後は1年間の育休取得後、復帰する予定でした。もちろん、ファシリテーターの仕事も続けるつもりだったんです。

ところが、生まれてきた長女は「脳髄膜瘤」という珍しい先天性の病気を持っていました。生まれてすぐに「手術が必要」と言われ、東京の病院に転院。無事に手術が終わった後も、4ヵ月間の入院が待っていました。それは、出産前に思い描いていた「子育て」とは全く別の日々。

「子育て」というより「看病」の続く毎日に、仕事を続けるのは無理と判断し、教育委員会は退職。ファシリテーターの仕事も休業しました。

【後編は、3月5日(月)更新予定です。】

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