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情報は多数決ではありません【きかせて、子そだて】

子育て中の保護者からは、「食品添加物が心配」や「オーガニックを選びたいが高価で無理」という声が聞かれます。子育てする上で気になる食の安全について、どう考えていけばいいのでしょうか。食品の安全性について20年以上取材・執筆を重ねる、科学ジャーナリストの松永和紀さんにお話を聞きました。

「オーガニックじゃなくてごめんね」なんて思わないで

「子どもにはオーガニックの食品を食べさせたいけど、高価で買えない」と、子育て中のお母さんから相談されることがあります。

でも、有機農業で栽培された農作物だからといって、ほかの農作物と比べて安全なわけではありません。通常の農業でも、使える農薬の種類や量は法律で厳しく決められ、安全上の問題はありません。適切に化学合成農薬を使用した方が、栽培中や保管中に増殖するカビによる毒性物質も防ぐことができ、安全性はむしろ高くなる、と考える科学者も多いのです。栄養の面でも、「有機農業の方が栄養価が高い」という論文もあれば、「変わらない」という論文もあり、結論は出ていません。

化学合成農薬を使わないことで生物多様性を守ったり、堆肥で環境中の養分を循環させる、という点では、有機農業には意義があると思いますが、「安全性」や「栄養価」において、オーガニック食品を選ぶ必要はないのです。

ですから、私が若いお母さんたちに伝えたいことは、「オーガニックを買っていないから、子どもに悪いことをしている」なんて思わないで、ということです。私自身も何も気にせず、普通の食材を買って娘に食べさせていました。

健康のために気にするなら食品添加物より栄養バランス

農薬と同じように、食品添加物についても、法律で「この食品にはこの添加物をこの量しか使ってはいけない」と非常に細かく決められています。「基準値は子どものことも考えているの?」もよく尋ねられますが、もちろん子どもへの影響も考慮されています。

考えてもみてください、食品に使われている添加物は、ほんの少しの量です。食べる量として圧倒的に多いのは、米や野菜、肉といった普通の食品成分なんです。子どもの健康のために気にするなら、普通の食材の栄養バランスの方でしょう。栄養素よりも、ごく微量の食品添加物の方を気にするのは、私にはおかしなことに思えます。

3カ月検診で怒られてから「子育て薔薇色」に

私が子育て中の「食」で最も悩んだのは、母乳があまり出なかったこと。当時は母乳育児が強く推奨され始めた時期で、私も「母乳で育てないと母親失格」という思い込みがあり、何とか母乳で育てようとがんばったのです。でも、3カ月検診でお医者さんに「発育が不十分、もっとミルクを飲ませて」と怒られて、我に返りました。すぐに家に帰り、娘に思う存分ミルクを飲ませると、その日から娘はどんどん元気になり、機嫌も良くなり、子育ても楽しくなって、「子育て薔薇色」になりました。

思えば、母乳の量には個人差があるのに、「母乳でないとだめ」という、個々の事情を考えない情報に惑わされて、親子ともに苦しい思いをしていたのです。改めて調べると、粉ミルクメーカーはとても努力をして、赤ちゃんの発達に全く問題がない粉ミルクをつくっていると分かりました。そこで、私は、こういった科学的根拠のある情報を伝えていこう、と心に決めたんですね。その後、娘が5歳のときに新聞社を辞め、フリーのジャーナリストになり、子育てしながら仕事をしてきました。

今でも、SNSでは「こうしないとだめ」という食にまつわる情報が飛び交っています。でも、その多くは科学的根拠がなく、思い込みによるものです。声の大きい人やたくさんの人が発信していると信じたくなりますが、情報は多数決ではありません。視野を広げて、国や自治体など公共性の高い情報を得るようにしていきましょう。


食品の「これ、買うべき?」がわかる本

「発酵食品は健康にいい?」「青汁は飲んだ方がいい?」「ソーセージは体に良くない?」「超加工食品ってどうなの?」など、気になる58項目についてすぐに引ける、食の安全についてのガイドブック。子育て中に毎日スーパーで直面する取捨選択がグッとはかどります。松永和紀著、大和書房

松永 和紀さん

科学ジャーナリスト。京都大学大学院農学研究科修士課程修了。毎日新聞社の記者を経て独立。食品の安全性や環境影響などを主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。2021年7月より内閣府食品安全委員会委員(非常勤、リスクコミュニケーション担当)。成人した娘がいる。

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