子育て

「最近の親は子どもに甘すぎるのでは?」は、生物学の「親の投資理論」で説明できる【コソダテ進化論】

ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。この連載では、農耕を開始する以前の社会で、ヒトがどのように暮らし、子育てしていたかを考えています。自然人類学を学んだ筆者が、自身が子育てしながら感じたことや考えたことを書いていますので、しっかりした学術的な根拠(研究論文)がない話も含まれます。「そういう考え方もあるのか~」と気楽な気持ちで読んでいただければ幸いです。

ヒトの母親が「上の子」を世話するのは、離乳が早いから

以前、「サルの親離れ・子離れについて知りたい、現代のヒトは親が子離れできてないのでは?」と質問されたことがあります。

サルも含め、多くの哺乳類は「離乳=親離れ・子離れ」で、母乳を必要としなくなったら、体はまだ小さくても、基本的に独力で食物を探し、生活します。哺乳類の母親は、基本的に、授乳中の赤ん坊を世話(育児)します。

ヒトは(子の発達段階に比べて)あまりにも早く離乳させてしまうので、授乳中の下の子だけでなく、同時に、離乳した上の子まで世話しなければなりませんが、これは生物の世界では極めて珍しいことです。

生物の世界では、親離れ・子離れを説明する「親の投資理論」と呼ばれるものがあります。

「親の投資理論」については、過去の「コソダテ進化論」の連載でも取り上げました(「赤ちゃん返り」が起こるのは、子育ては「親の投資」をめぐる駆け引きだから。【コソダテ進化論】

https://tochigi.couleur-mama.net/topics/24450/ )

親が一生のうち、繁殖(出産育児)にかける時間と労力(エネルギー)は無限ではなく、限りがある。その限られた時間と労力を、親は「最も確実に多くの子を残せる」ように使う=「投資」した個体の遺伝子が集団に広まります。

できるだけたくさんの子(卵)を産んで、ほとんど育児を行わない種もいれば(数百、数千の種から1匹でも育てばいい=魚のマンボウなど)、少ない子(卵)を大事に育てて、確実に子を育てようとする種もいます(ペンギンやオランウータン)。

親にとって子は複数いるので、それぞれの子に必要最低限の「投資」をした上で、より多くの子を育てた親の遺伝子が、進化の過程では残る可能性が高い。一方、それぞれの子にとって、親は1頭(両親が育児する場合は2頭)しかいませんから、親から(他の兄弟を押し除けてでも)最大限の投資を引き出そうとします。

ここで、「それぞれの子には最低限の投資しかしようとしない親」と、「親から自分に対して最大限の投資を引き出そうとする子」の間で「親子の対立」が生じる、という理論です。

40歳以上で出産したチンパンジーは、子にとても甘い

たとえば、子の立場からすれば、「できるだけ長期間授乳してほしい(栄養豊富な食べ物を安定的に手に入れるのは難しい野生の世界では、ある程度大きくなっても母乳が飲めるかどうかは死活問題です)」、でも母親は、「授乳していると次の子が産めない(排卵が戻ってこない)ので、ある程度の年齢になったら離乳させたい(離乳を促す行動をする母親の方が、そうした行動をとらなかった母親より多くの子孫を残せる)」。

この「離乳しても生きていけるけど、もう少し授乳してほしい」という微妙な時期に、ヒトでいう「赤ちゃん返り」や母親が子を激しく攻撃して独り立ちを促す行動などが見られることがあります。

しかし、自然界では、親子の間で激しい対立が生じず、親がなりふりかまわず子の世話をすることもあります。それは親が年をとり、末子を世話しているときや、一生に1回しか繁殖(産卵)しない種で起きます。親にとって目の前の子(卵)が、残された時間と労力を投資できる唯一無二の「子」になるので、制限なくあらん限りの「投資」をします。

チンパンジーでも、老年(40歳過ぎ:チンパンジーでは50歳を過ぎて出産することはほとんどない)の母親は、子にとても甘く、兄姉たちよりも長く授乳する傾向が知られています。また、タコは一生に1回しか産卵しないので、母親は卵を産んだ後は飲まず食わずで卵を守り、ふ化した頃に死亡します(ちなみにイカは一生に何回も出産し、卵は産みっぱなしで一切世話をしません)。

親の投資の理論で考えると、現代の少子化社会においては、子どもの数が多かった昔に比べて、親離れ・子離れが遅くなるのは、ある意味当然といえます。まして初産年齢が高齢化し、不妊治療が一般化すればするほど、「次の子は望めない」親が、我が子に甘くなるのは必然かもしれません(その気持ちを抑えることの方が、むしろ難しいかもしれません)

※この記事は、2016年~2017年に「つくば自然育児の会」会報に連載された「パレオ育児」に加筆修正したものです。

久世 濃子さん

1976年生まれ。2005年に東京工業大学生命理工学研究科博士課程を修了。博士(理学)、NPO法人日本オランウータン・リサーチセンター理事。著書に「オランウータン~森の哲人は子育ての達人」(東京大学出版会)、2021年度青少年読書感想文全国コンクール課題図書「オランウータンに会いたい」(あかね書房)など。

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