ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。この連載では、農耕を開始する以前の社会で、ヒトがどのように暮らし、子育てしていたかを考えています。自然人類学を学んだ筆者が、自身が子育てしながら感じたことや考えたことを書いていますので、しっかりした学術的な根拠(研究論文)がない話も含まれます。「そういう考え方もあるのか~」と気楽な気持ちで読んでいただければ幸いです。
子育てをしない、サルの父親が果たしている大切な「務め」
サル世界では、子育てに関わる(コドモを世話する)父親は、わずかな種でしか見られません。しかし、多くのサルの父親が果たしている「務め」があります。それは、「コドモの命を守ること、コドモを敵から守ること」です。
ほとんどの野生のサルは、ヒョウなどの肉食動物や、猛禽類(ワシやタカ)、ヘビなどに襲われる危険性と隣り合わせで暮らしています。群れに加わっているオトナ雄(父親)は、こうした捕食者を追い払い、コドモたちや群れの仲間(母親たち)を守っています。
さらに、コドモの敵は捕食者だけではありません。
多くのサルには「子殺し」という現象があります。これは、一夫多妻の群れをつくる種でよく見られる現象で、こうした種では群れからあぶれた多くの雄が、繁殖の機会(雌と交尾する機会)を求めて、群れの雄(父親)に挑戦します。挑戦者が勝つと、群れ雄(父親)は追い出され、残されたコドモたち(特に離乳前の赤ん坊)は、群れを乗っ取った雄に殺されることがよく起こります。
なぜサルの雄は「子殺し」をするのか
これは、サルは基本的に授乳している間は排卵が戻らないため、群れを乗っ取った雄が、乳児を殺して母親を繁殖できる状態(排卵・妊娠できる状態)に戻そうとするために起こります。
もちろん、母親たちは赤ん坊を殺されまいと必死で抵抗しますが、一夫多妻の種では雄の方が雌より体が大きく力も強いので、母親が雄の攻撃を防ぐことは難しく、赤ん坊は殺されてしまいます。
私たちヒトから見ると、とても残酷な話のように思えますが、1頭の雄が群れにいられる期間は短く(2年~数年)、サルの成長は遅いので、子殺しをせず雌が発情を取り戻すのを待っていたら、その雄は一頭もコドモを残せずに、群れから追い出されるかもしれません。
進化の長い歴史の中で、子殺しをする「残酷な雄(とヒトには見える個体)」が子孫を残し、子殺ししなかった「やさしい雄(とヒトには見える個体)」が子孫を残せなかったので、こうした性質が今も残っているのでしょう。
サルの父親にとって、挑戦してくるあぶれ雄たちを退け、できるだけ長期間、群れに留まることこそが、「父親」として最も求められ、果たさなければならない役目なのかもしれません。
※この記事は、2016年~2017年に「つくば自然育児の会」会報に連載された「パレオ育児」に加筆修正したものです。