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たまたま近くに住んでいる人 と、仲良くしないでもいい【きかせて、子そだて】

世界でひとりの「シャークジャーナリスト」として活躍する沼口麻子さんは、メディアを通してサメの魅力を広く伝える一方で、絵本『ホホジロザメ』も出版。「なぜホホジロザメの絵本を?」「どうしてシャークジャーナリストに?」「どんな子どもだったの?」など、お話を聞きました。

ホホジロザメだって子どもの頃は食べられる側

最初に絵本のお話をいただいた頃は「いろんなサメが出てくる本にしよう」と話していたんですよ。ところが、編集者さんが調べてみたら、「サメの“王道”ホホジロザメの絵本がまだない」ということがわかり、じゃあホホジロザメ1本で行こう、となりました。

この絵本で読者に一番伝えたかったのは、「ホホジロザメも別の生き物に食べられるんだよ」ということ。怖いイメージがあるホホジロザメだって、子どもの頃はシャチや別のサメに襲われたりしながら、苦労して大人になって、子どもを産んで、遺伝子を存続しているのです。真のサメの一生を読み取ってほしいですね。

「シャークジャーナリスト」は自分でつくり出した肩書き

小さい頃から生き物が好きで、「何かしら生き物に関わる仕事がしたい」とは思っていたけど、サメ好きになったのは大学に入学してから。大学の購買で『サメ・ウォッチング』という本に出会い、「サメって実は種類も多いし、人も襲わない、イメージしていたのと違う!」と知り、ハマったんですね。そこで、4年生になるとサメの研究室を選び、夢だった島生活も叶えられてサメの研究もできる小笠原諸島に住み、大学院2年生まで研究に明け暮れました。

しかし、卒業後はサメに関する就職先は見つけられず、水族館のイルカトレーナーの内定はもらったものの、待遇面が不安で辞退し、まずはお金を貯めようと東京でシステムエンジニアとして就職。8年間勤めましたが、ストレスもあって体調を崩してしまい、休職中に始めたのが「シャークジャーナリスト」という肩書きを名乗って、SNSでサメ好きの無料コミュニティグループを立ち上げることでした。そうすると、すぐに1200人のメンバーが集まり、仕事の依頼も来たんです。「サメって人気があるんだ、仕事にできるかも」。半年間の休職中にビジネスモデルを考え、シャークジャーナリストとして活動を始めました。既に30代になっていたので研究職は厳しく、「この道しかない」と思っての決断でした。

両親がプレゼントしてくれたジンバブエ行きの往復チケット

子どもの頃、私は友達もおらず、かといって学校の成績もそれほどいいわけではない、目立たない子でした。生き物は好きだったので、「動物カメラマンになるのもいいかな」と口にした16歳の私に、両親は急にジンバブエ行きの往復チケットをプレゼントしてくれたんです。その頃、弟の友達家族がジンバブエ赴任になり、そのご家族を頼ってのことでしたが、英語も話せないのに初めての海外旅行で一人旅は、カルチャーショックの連続。帰りの飛行機まで4時間あったので、タクシーで“近くの爬虫類館”に連れていってもらったら、なんと100キロ先!飛行機に乗り遅れないか焦って運転手に文句を言ったら、「アフリカで100キロは近所だ!」って逆に怒られて(笑)。でも、本当に間に合ったんですよ。帰国後も、そんな日本の感覚が通用しない経験が自信になって、「今まで小さいところで生きていたな、たまたま近くに住んでいる人と仲良くしないでいいんだ」と思えました。

「ジンバブエに行って変わったよね、明るくなったね」と親も言ってくれました。両親はやりたいことは何でもさせてくれ、いろんな経験を積ませてくれましたね。

今、日本の学校に馴染めていない子もいると思います。でも、海外留学という道もあります。周囲は気にせず、自分の好きなことを思いきり追求していいんですよ。


「サメサメ倶楽部」
沼口麻子さんが主宰するコミュニティ。活動は、サメの観察会、解剖、標本制作学習会、オンラインサメ会など。「サメサメ会議」では5歳児も自由研究発表をするなど、サメ好きなら子どもも大人も大歓迎、メンバー募集中。 https://lounge.dmm.com/detail/645/

 

『ホホジロザメ』(福音館書店) 沼口 麻子 文/関 俊一 絵
映画『ジョーズ』のモデルとも言われるなど、怖いイメージのあるホホジロザメが、科学絵本になりました。ちょっと意外なホホジロザメの暮らしを絵本でのぞいてみて。

沼口麻子さん

1980年生まれ。東海大学海洋学部を卒業後、同大学大学院海洋学研究科水産学専攻修士課程修了。 世界で唯一の「シャークジャーナリスト」として世界中のサメを取材し、サメの魅力をメディアなどで発信している。

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