子育て

子どもを「選別」するヒトのお母さん、「選別」しないサルのお母さん【コソダテ進化論】

ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。

ヒトとサルの子育ての大きな違い

ヒトとサルの子育てで大きく違う点は、「ヒトは母親以外の人も子育てに関わるが、サルは母親ひとりで子育てする」ことだと、前回までにお話ししてきました。

実は、サルとヒトではもうひとつ、大きな違いがあります。それは、「ヒトのお母さんは子どもを選別するが、サルのお母さんは子どもを選別しない」ということ。

新生児がお母さんにしっかりつかまりさえすれば、赤ちゃんが一目でわかる重度の障害(脳性マヒ、手足の欠損がある、など)を負っていても、サルのお母さんは全く気にせず、根気よく面倒をみます。

ネズミやイヌなど、一度にたくさんの子どもを産む動物では、母親が最も小さい子や弱い子を「切り捨てて」世話をしない、というのはよくあることです。

しかし、サルのお母さんは、赤ちゃんの性質によって切り捨てることはしません。赤ちゃんが小さなうちに死亡した場合、サルのお母さんは死体をずっと抱きかかえ、腐臭を放つ死体に対しても、まるで生きているかのように世話を続けることもあります。

サルのお母さんは「理想のお母さん」かもしれない

一方、私たちヒトでは、昔から障害を持った子は捨てられたり、殺されたりすることは、珍しいことではありませんでした。今でも障害のある子の方が、虐待される危険性が高い、という報告もあったりします。

虐待までいかなくても、「うちの子は他の子に比べて、発達が遅いのではないか?」と心配するお母さんは、珍しくないですよね。ヒトのお母さんは、子どもを注意深く観察して、育てる価値があるのかどうか、常に吟味する性質が備わっているのです。

私たちの祖先が生きていた、過去の厳しい環境では、障害のある子を育てる余裕はなく、成長して子孫を残せる見込みが高い、なるべく優れた素質を持つ子どもを「選別」して育てたお母さんが、最終的に子孫を残すことができたからです。

残酷な話に聞こえるかもしれませんが、だからといって今を生きるお母さんが、子どもを「選別」しなければならない、などということはありません。

祖先の厳しい環境に比べれば、今の私たちは障害のある子も育てることができる、豊かな社会に暮らしています。障害もひとつの個性としてとらえ、みんなが生きやすい社会を目指すべきではないでしょうか。

とはいえ、自分の子と他の子を比較したり、子どもの性質に一喜一憂することなく、常に精一杯の愛情をそそぐサルのお母さんは、子どもにとってはまさに「理想のお母さん」なのかもしれません。
※この記事は、2011年4月~2013年3月に「つくば自然育児の会」会報に連載された「サル的子育て」に加筆修正したものです。

久世 濃子さん

1976年生まれ。2005年に東京工業大学生命理工学研究科博士課程を修了。博士(理学)、NPO法人日本オランウータン・リサーチセンター理事。著書に「オランウータン~森の哲人は子育ての達人」(東京大学出版会)、2021年度青少年読書感想文全国コンクール課題図書「オランウータンに会いたい」(あかね書房)など。

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