ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。この連載では、農耕を開始する以前の社会で、ヒトがどのように暮らし、子育てしていたかを考えています。自然人類学を学んだ筆者が、自身が子育てしながら感じたことや考えたことを書いていますので、しっかりした学術的な根拠(研究論文)がない話も含まれます。「そういう考え方もあるのか~」と気楽な気持ちで読んでいただければ幸いです。
授乳以外の育児を一手に引き受ける「育メン」もいる
前回の記事では、サルの父親の務めは、「コドモの命を守ること、コドモを敵から守ること」だとお伝えしました(「サルの世界では、「残酷な」雄しか子孫を残せない?【コソダテ進化論】」https://tochigi.couleur-mama.net/topics/27012/ )。
しかし、200種以上いるサル(霊長類)の中には、少数ですが、コドモの世話をとてもよくする父親たちがいます。
「授乳以外のすべての世話をする」と言われるのは、南米に住むマーモセットの仲間です(ピグミーマーモセットやライオンタマリンなど数種類)。
マーモセットは、1年に1~2回、母親の体の20~30%もの大きな双子を産みます。母親はもっぱら授乳と食事に専念し、父親が授乳以外の育児を一手に引き受けます。赤ん坊を背中に乗せて運び、体をきれいにし、天敵から守る…少し大きくなると、主食である昆虫や樹液をとってきて、コドモに与えるのも父親の役目です。
さらに父親1人では手が足りないので、兄や姉、場合によって2頭目の夫(マーモセットは一妻多夫もよく見られます)も、育児を手伝います。「夫(群れのオトナ雄)の数が多いほど、コドモの生存率が高い」というデータもあります(「正解はひとつじゃない~子育てする動物たち」参照)。
最近では、「育メン遺伝子(雄に育児行動を促す遺伝子)」や、育児行動を促す生理的な仕組みがあるのではないか?という仮説を立て、研究しているグループもあります。
マーモセットがなぜここまで多産なのかというと、彼らは体がとても小さい(体重が100~500グラム:人間のオトナの手のひらに乗るくらい)ので、捕食者に襲われやすく、死亡率がとても高いのです。死亡率が高くても子孫を残せるよう、母親が妊娠・出産と栄養をとることに専念して、雄が赤ん坊の世話を一手に引き受ける、徹底した「育メン」が進化したと言われています。
コドモ同士のケンカを、ゴリラの父親はどう仲裁するか
「霊長類界の育メン」として名高いもう一つの種は、皆さんもご存知の「ゴリラ」です。「マーモセットは聞いたこともない」という方も、「ゴリラを聞いたことがない」という人はいないでしょう。絵本にもよく出てきますよね。
ゴリラの父親は、離乳前の赤ん坊と関わることはほとんどありませんが、母親はコドモが3~4歳になって離乳すると、上の子は父親に預けて、次に生まれた赤ちゃんの世話に専念します。
ゴリラの群れは一夫多妻なので、群れのコドモはすべて父親が同じです(マウンテンゴリラなど一部の種では、雄が二頭以上の複雄複雌の群れを作ることもありますが、ここではゴリラに一般的な単雄複雌の群れに限定してお話します)。4歳以上のコドモたちは、いつも父親のまわりにいて、一緒に遊び、食べ、父親の後について移動します。
コドモ同士がケンカすると、父親が間に入って仲裁しますが、必ず小さい子、弱い子の味方をします(ちなみに、お母さんはコドモ同士のケンカには無関心なことが多いですが、理由の如何を問わず、基本的に我が子の味方です)。また、母親を早くに亡くした場合は、父親がよく世話することも知られています(「正解はひとつじゃない~子育てする動物たち」参照)。
ゴリラは、私たちヒトやオランウータンと一緒に「ヒト科」に分類される、大型類人猿の一種です。他の大型類人猿では、コドモを産む間隔(出産間隔)は、チンパンジーで5~6年、オランウータンで6~9年に1回、1頭のコドモしか産みませんが、ゴリラは3~4年に1回、1頭のコドモを産みます。
ゴリラの方が体が大きいにもかかわらず、短い間隔で次々コドモが産めるのは、「育メン」の父親の存在があるから、と言われています。
出産間隔が長い、チンパンジーやオランウータンでは、父親は育児には一切かかわらず、母親がひとりで育児します。父親がエサをとってきて母親にあげることもないので、母親は自分で、自分とコドモたちのために食物を探し、コドモたちの世話をしなければなりません。
でも、ゴリラでは、「授乳中は母親、離乳したら父親が育てる」という役割分担をしているので、母親は短い間隔でコドモを産むことができます。
「赤ん坊を置いて群れを出る母」「精子提供者にすぎない父」
ところで、前回記事で紹介した「子殺し」、実はゴリラにもあります。
こんな育メンのやさしい雄がコドモを殺すなんて信じられませんが、一夫多妻の社会では、常に繁殖相手(パートナー)の雌が一頭もいない、あぶれ雄がでてしまいます。こうした雄たちが子孫を残すためには、群れにいる雌を誘い出し、自分の群れをつくらなければ、子孫を残すことができません(子殺しを絶対にしない雄は、子孫を残すのが難しかったのでしょう)。そのために、あぶれ雄は赤ん坊のゴリラを殺すことがあります。
赤ん坊を殺された母親は、コドモを守れなかった父親(群れ雄)を見限って、群れを出ていってしまいます。あるいは、雌にとって、群れ外の雄が、今いる群れの雄よりも魅力的に思えたときには、赤ん坊を父親のもとに置いて、群れを出ていってしまいます。これは、もし赤ん坊を連れていくと、新しい群れの雄に赤ん坊を殺されてしまう可能性が高いので、あえて父親のもとに残しておくのだと考えられています。
さて、私が研究していたオランウータンはというと、オランウータンの雄はなんと、育児どころか「コドモを敵から守る」という役目さえ放棄した、精子提供者にすぎません。オランウータンは大きな体で樹上生活しているので、捕食者に襲われる危険が低く、子殺しもありません。「父親不在の平穏な母子家庭」がオランウータンの子育てです。
こうしてサルの世界を見渡すと、「何歳差(間隔)で次の子を産むか」という命題に、「父親の育児」がとても重要だ、ということがわかります。短い間隔でコドモを産むなら、父親の育児が必須、逆に父親の育児への寄与がまったく期待できないなら、相当長く間隔をあけないと次の子は産めません。
参考文献
齋藤慈子・平石界・久世濃子 編(2019)「正解は一つじゃない 子育てする動物たち」東京大学出版会
※この記事は、2016年~2017年に「つくば自然育児の会」会報に連載された「パレオ育児」に加筆修正したものです。