ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。
サルが食べ物を誰かに分け与えることはない
皆さんは電車やバスに乗っていて、隣り合わせた知らない人からアメやお菓子をすすめられたことはありませんか?(コロナ禍の後は減っているかもしれませんが)
私は日本国内でも、海外でも何度か経験があります。こんな風に家族だけでなく、見知らぬ人とも食べ物を分け合うのは、サルの中ではヒトにしか見られない行動です。
食べきれないほどたくさんの食べ物があっても、サルは他のサルに食べ物をあげることはありません。
お母さんでさえ、自分の子に食べ物を分け与えることはありません。せいぜい子どもがお母さんの手から食べ物をとっても怒らない、だけです(小さな子ども以外の個体がそんなことをしたら、大げんかになります)。
「ひとりで食べ始めるのは三、四歳以下の子供達だけ」
農耕を始める前の、私たちの祖先に近い形の生活を続けていると考えられている狩猟採集民の社会では、食べ物を分け合うことが『あたりまえ』です。
狩猟採集生活では、毎日、確実に食べ物が得られるわけではないので、仲間がとってきた食べ物は、みんなで分け合うルールが徹底されています。驚くのは、このルールは大人だけでなく、子どもでも徹底していることです。
アフリカの狩猟採集民の研究をしていた日本人研究者がこんなことを書いています。
「どんなに空腹な時でも、食物をもらってその場でひとりで食べ始めるのは三、四歳以下の子供達だけだった。それより年長の子供は、それを年下の子供と分けて食べるか、そのまま母親のところにもっていって、あらためて母親から分けてもらって食べていた。」(市川光雄「森の狩猟民」)
ルールとして徹底されている、というだけでなく、ヒトは食べ物を分かちあうことに喜びを感じ、一人で食べることに罪悪感を感じる、というとても変わった「サル」です。そしてこの感情は、私たちヒトに生まれつき備わっているのです。
※この記事は、2011年4月~2013年3月に「つくば自然育児の会」会報に連載された「サル的子育て」に加筆修正したものです。