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写真には残らぬ「心」短歌なら未来に向けた手紙のように【きかせて、子そだて】

『サラダ記念日』で知られる歌人の俵万智さんは、大学生の息子を持つ母親。「とりかえしつかないことの第一歩 名付ければその名になるおまえ」「揺れながら前へ進まず子育てはおまえがくれた木馬の時間」(ともに『プーさんの鼻』)など、子育てを詠んだ短歌も多い俵万智さんにお話を聞きました。

子育てを三十一文字で捕まえる 短い、だから相性がいい

短歌は、日常の中の心の揺れから生まれます。子育てをしていると、そういった短歌の「種」がいっぱいやってきます。育児は忙しいので、長い文章で書き留めておくことは難しいですが、三十一文字という短い形式はとても子育てに向いています。「子どもが初めて歩いた」ときや「初めて笑った」ときは、ハッとしますね。でも、何度も起こるうちに、感動は薄れていきます。初めての驚きを逃さないで捕まえておくためにも、短歌は本当にいいものです。

だから、小さな子どもを育てている人には短歌をおすすめしたいですね。今は一番大変な時期だと思います。私も、未知の生き物に振り回される日々でした。でも、子育ての中でしか感じられないものがたくさんあります。

素晴らしい作品にしようとする必要はありません。言葉を探す過程やその時間を持つことが尊いんです。できた短歌は子どもの写真に添えてみるなど、大きくなってから「お母さんはこんなふうに思ったんだよ」と伝えてあげるといいですね。そのとき感じたことは上書きされていって、自分自身も忘れてしまいます。写真では目に見えるものしか残せませんが、短歌は心に写ったものが残せます。短歌は未来の自分と子どもに向けた手紙のようなものですね。私も歌集を読み返して、当時を懐かしく思い出すことがあります。

子の環境、最重要は親の機嫌 自分自身を犠牲にしない

自然が豊かで、「みんなで子どもを育てる」という地域社会に魅力を感じて、息子が小学生の頃に石垣島に移り住みました。石垣島は、小学生男子にとって天国みたいなところで、うちの息子には合っていたのかな、と思います。

もともと私は都会が好きなインドア派で、自分が石垣島で暮らすなんて思ってもみませんでした。移住後に初めて挑んだカヤックでも、「なぜ私は今カヤックを漕いでいるんだろう」と笑ってしまったくらいです。私はそんなふうに、むしろ面白がれたので良かったのですが、「子どものために」と考えすぎて、自分を犠牲にしてまで、「子育て移住」をする必要はないと思います。子どもが育つ環境は成長に影響しますが、その「子どもの環境」で一番重要なのは「親の機嫌」ですから。親がニッコリできる環境が大事です。私は新しい土地への興味もあったので、住む場所を変えましたが、どこでもできる文筆業で、母子家庭でもあったのでできたことです。

東京に住んでいた頃にぜひ息子を通わせたい幼稚園があったのですが、通園が難しくて諦め、別の園に入れたことがあります。「子どものために」とできる人はしてもいいし、日常の中で自然に触れさせるなど、できる範囲で取り入れてもいいのです。「子どものために行動できていない」と考えて、自分が窮屈になる必要はないかな、と思います。

ささやかな絵本の時間、大切に「最後と知らぬ最後」来るまで

今子育て中の保護者には、子どもと一緒に絵本を読むことをおすすめしたいですね。絵本は子どもの五感を研ぎ澄ませてくれるし、絵本を一緒に読む時間は素晴らしいものです。私の短歌で、子育てを詠んだものに「最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て(『未来のサイズ』)」がありますが、息子が成長してしまうと、「絵本を読む」というような時間も、もう持てません。今はうんざりするほど読み聞かせをしていても、知らないうちに「最後」になっていきます。ぜひ絵本を読んであげてください。


生きる言葉

絵本やしりとり、ラップなど、子育てを通じて出会ったり、再会する言葉の数々を、俵万智さんはどのようにとらえ、使いこなすのか。どこまでも言葉に向きあい続ける、歌人の視点を覗ける一冊。「息子が初めて覚えた言葉」から、自然いっぱいの石垣島、山奥にある全寮制中高での成長の日々など、子育ての話も豊富。新潮社(新潮新書)

俵 万智さん

1962年大阪府生まれ。歌人。早稲田大学第一文学部卒業。在学中に短歌を始め、卒業後は高校で国語を教えながら作歌を続け、1987年に刊行した第一歌集『サラダ記念日』がベストセラーとなる。『プーさんの鼻』『オレがマリオ』のほか、歌集・エッセイなど著書多数。現在大学生の息子が、幼稚園時に仙台、小学生時に石垣島、中高生時に宮崎へ移住。現在は仙台在住。

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