子育て

「眠いなら寝ればいいのに…!」赤ちゃんはなぜ大騒ぎしないと寝られないのか【コソダテ進化論】

ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。この連載では、農耕を開始する以前の社会で、ヒトがどのように暮らし、子育てしていたかを考えています。自然人類学を学んだ筆者が、自身が子育てしながら感じたことや考えたことを書いていますので、しっかりした学術的な根拠(研究論文)がない話も含まれます。「そういう考え方もあるのか~」と気楽な気持ちで読んでいただければ幸いです。

現代社会を生きる能力を持つオトナ、先史時代を生きる能力を持つ赤ちゃん

今回のテーマは、「夜泣き、寝グズ」です。

我が家では、長女は比較的寝つきがよく、寝かしつけに苦労したことがあまりなかったのですが、二女は寝グズになることが多く、横抱きしてしばらく泣かせて寝かしつけていました。

小さな子を持つ親なら、誰でも一度は「なんでこんなに大騒ぎしないと寝られないんだろう?」と思ったこと、ありませんか?

私たちヒトは、進化の歴史の大半、90%以上の期間を、狩猟採集によって生活してきました。そのため、私たちの心と体は、今でも狩猟採集生活を生き延びるのに適した特徴を受け継いでいると考えられています。

とはいえ、今のオトナたちは現代社会で育つ過程で、今の生活環境に適した能力や技能を獲得していますが、赤ちゃんは狩猟採集社会を生き延びるのに適した心身を備えて生まれてきます。

肉食動物に囲まれた環境で、まだ動けないヒトの赤ちゃんが眠るには

赤ちゃんが狩猟採集をしている時代に生まれた「つもり」でいると考えると、寝グズは赤ちゃんにとって必要で重要なことかもしれない、と思えます。
狩猟採集をしていた時代、ヒトはライオンやトラ、オオカミなどのたくさんの肉食動物に囲まれた環境で暮らしていました。そんな環境の中、身動きすることもままならない赤ちゃんがひとりで置いておかれたら、いつ襲われるかわかりません。

赤ちゃんが生き延びるためにはどうしたらいいでしょう?

信頼できるオトナに抱っこしてもらい、常にそばにいてもらうのが一番です。特に寝ているときは一番無防備な状態ですから、そばにできるだけオトナを引きつけておくために、赤ちゃんにとって寝グズは必要だったのかもしれません。

「夜泣きは1回放置すると泣かなくなる」欧米の常識は理に適っている

夜中に突然始まる夜泣きについては、2016年3月27日に放送されたNHKスペシャル「ママたちが非常事態!? 2」(https://www.nhk.or.jp/special/backnumber/20160327.html)でも取り上げられ、「そのまま放置していれば、それ以降夜泣きしなくなる」という欧米での常識が紹介されていました。

「夜泣きを放置すると、泣かなくなる」というのも、狩猟採集生活をしていた時代の環境を想像すると納得できます。
赤ちゃんが夜中に大泣きすると、夜行性が多い肉食動物に「ここにおいしいエサがあるよ」とアピールすることになりかねません。すぐオトナがあやしてくれるなら、泣き続けても赤ちゃんは安全かもしれませんが、周りに守ってくれるオトナがいないとしたら、すぐに泣き止んだ方が得策です。

逆に、守ってくれるオトナがいるなら、多少大騒ぎしても赤ちゃん自身は(ひとりでいるよりは)安全です。しかし、夜中に肉食動物が近づいてくるのは、オトナにとっても危険なことですから、狩猟採集をしていた親たちも、夜泣きする赤ちゃんをなだめるために必死になったり、赤ちゃんの夜泣きを警戒して、夜も赤ちゃんに注意を払っていたかもしれません。

あるいは、「1回放置すれば、その後は泣かなくなる」という子育ての知識が、世代から世代へと伝わっていたのかもしれません。
実は、私も二女が夜中にあまりに泣くので、生後1カ月くらいの頃、別室に放置したことがあります(育児の疲れや睡眠不足でへとへとだったこともありますが)。彼女は2時間泣き続け、私の方が根負けしました。ちなみにそのときは、夫とも言い争いになっていて、どちらが根負けして赤ん坊を抱きに行くか、我慢比べの様相を呈しましたが、私が根負けしました……。

放置しても泣き止まないときや、泣き止まない子もいると思います。現代に比べれば変化の多い自然環境の中で生き抜くうえで、常にこうすれば正解(上手くいく)というのは難しく、集団の中に色々な個性があることも、生きのびて子孫を残すには有効だったのかもしれません(夜泣きする子が生き残れたこともあれば、すぐに泣き止む子が生きのびられたこともあるのでしょう)。

<後日談>
寝かしつけに苦労した二女は、小学校に入学する前後から寝付きがよくなり、今ではベッドに入るとあっという間に寝息をたてています。長女はずっと寝付きがよいままでしたが、中学生になる頃から、夜更かしするようになりました。ちなみに中高生が「宵っ張りの朝寝坊」になるのは、医学的な根拠があり、最近は無理に早起きさせない方が良いとされています。狩猟採集の時代にも、夜遅くまでだべっていて、朝寝坊する若者達がいたのでしょう…

<参考書>
NHKスペシャル取材班(2016)「ママたちが非常事態!?」ポプラ社

三島和夫(2017)「8時間睡眠のウソ。 日本人の眠り、8つの新常識」集英社
※この本のもとになった、ウェブナショジオの連載「睡眠の都市伝説を斬る:第8回 眠気に打ち克つ力 その2 ―米国学会が若者に“寝坊のススメ”」で思春期に「宵っ張りの朝寝坊」になる医学的根拠について書かれています。https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20140929/417708/

※この記事は、2016年~2017年に「つくば自然育児の会」会報に連載された「パレオ育児」に加筆修正したものです。

久世 濃子さん

1976年生まれ。2005年に東京工業大学生命理工学研究科博士課程を修了。博士(理学)、NPO法人日本オランウータン・リサーチセンター理事。著書に「オランウータン~森の哲人は子育ての達人」(東京大学出版会)、2021年度青少年読書感想文全国コンクール課題図書「オランウータンに会いたい」(あかね書房)など。

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