
ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。
この連載では、農耕を開始する以前の社会で、ヒトがどのように暮らし、子育てしていたかを考えています。自然人類学を学んだ筆者が、自身が子育てしながら感じたことや考えたことを書いていますので、しっかりした学術的な根拠(研究論文)がない話も含まれます。「そういう考え方もあるのか~」と気楽な気持ちで読んでいただければ幸いです。
サルの赤ちゃんは夜泣きをしない
今回の記事は、前回の記事(オランウータンの朝は「大量のウンチとオシッコ」からはじまる【コソダテ進化論】)の続きです。
サルの赤ちゃんにも夜泣きがあるのでしょうか?
動物園でオランウータンの人工哺育をしていた飼育員さんや、リハビリテーションセンターで孤児を世話している職員の方に聞くと、1歳未満の乳児の場合、夜中にも数回(人工乳を)授乳する必要があるそうです。
私も20年前、リハビリテーションセンターの職員の家で、一晩オランウータンの赤ちゃんを世話したことがあります。お腹が空くと「キューキュー」と小さな声で泣くぐらいで、ヒトの赤ちゃんのように大声で泣くことはありませんでした。授乳が終わるとスーとまた寝てしまいます。
オランウータンに限らずサルの赤ちゃんは、一日中お母さんか群れの仲間に抱っこされていて、地面や枝の上に置き去りにされるようなことは基本的にありません。赤ちゃんの泣き声を聞くこともほとんどありません。
少し大きくなって、お母さんから離れて動きまわるようになると、嫌なこと(仲間と喧嘩する等)や怖いことがあると「キューキュー」、「ギャーギャー」と泣いてお母さんを呼んだり、泣きながらお母さんのもとに駆け寄ったりします。
でも、ヒトの赤ちゃんのような理由がわからない「泣き」はほとんど起きません。
赤ちゃんの夜泣きは肉食動物に獲物を宣伝するようなもの
ヒトの赤ちゃんが夜泣きをする理由は色々言われていますが(日中刺激を受けすぎると興奮して夜眠れなくなる、脳の発達過程で生じる現象、胎児の時の睡眠パターンを引きずっている、等々)、捕食者である肉食動物がウロウロしているアフリカに住んでいた私たちの祖先にとって、赤ちゃんの夜泣きは、肉食動物に「ココに獲物がいるよ」と宣伝するようなもの。今の私たちには想像できないぐらい、恐ろしいことだったと思います。
かといって、お母さんも昼間は食べ物を探しに行かなければなりませんから、夜泣きにトコトン付き合うわけにはいきません。もしかしたら同じキャンプに暮らす仲間たちが交代で、夜泣きする赤ちゃんをあやしたりしていたのかもしれません。あるいは、周りにお母さん以外の人たちがいるという気配や安心感が、赤ちゃんの夜泣きを防いでいた、という側面もあるでしょう。
もしくは、泣き続けても放置されるような状況であれば、(肉食動物を呼び寄せて)危険なので、赤ちゃんもすぐに泣き止んだかもしれません(個人的には、赤ちゃんのこの性質が、欧米の赤ちゃんが一人寝でも夜泣きしない理由ではないかと思っています)。
現代の私たちが夜泣きで悩む原因の一つが、密室での「孤育て」という「環境」にあるのかもしれません。
10代の「宵っぱりの朝寝坊」は科学的に証明されている
ちなみにヒトの睡眠については、体内時計は個人差が大きいので(24時間周期を中心に、25時間や23時間のヒトがいる)、朝型や夜型(努力しないと体内時計と外の環境がどんどんずれて、朝起きれなくなるタイプ)がいます。
これはもしかしたら、狩猟採集時代、同じキャンプのメンバーの睡眠パターンが多少ずれていた方が(睡眠の多様性が保たれていた方が)、夜や早朝の見張り役などを分担できて、捕食者対策という意味で効果的だったのかもしれません。
睡眠時間は年齢によっても大きく異なることがすでに科学的に証明されています。例えば10代のワカモノは「宵っぱりの朝寝坊」になり、高齢者は睡眠時間が短くなるそうです。こうした多様な睡眠パターンをもつ人たちが赤ちゃんと一緒に暮らしていたら、お母さんだけが赤ちゃんの夜泣きに悩んで寝られない…なんてことはなかったかもしれませんね。
ヒトの体内時計と睡眠のパターンに興味ある方は、「8時間睡眠のウソ。」(川端裕人・三島和夫 著)という本がオススメです。著者の Web 連載「Web ナショジオ 【連載】睡眠の都市伝説を斬る」も手軽に科学的に正しい「睡眠」に関する情報が得られます。
例えば「第77回 昔は良かった? 照明がなければ人は長く眠れるのか」などを読むと、昔(ヒト本来)の睡眠環境がリアルにイメージできます。
参考文献
座馬耕一郎 著「チンパンジーは 365 日ベッドを作る」(2016 年)ポプラ新書
川端裕人・三島和夫 著「8時間睡眠のウソ。日本人の眠り、8つの新常識」(2017)集英社文庫
※この記事は、2016年~2017年に「つくば自然育児の会」会報に連載された「パレオ育児」に加筆修正したものです。