
ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。この連載では、農耕を開始する以前の社会で、ヒトがどのように暮らし、子育てしていたかを考えています。自然人類学を学んだ筆者が、自身が子育てしながら感じたことや考えたことを書いていますので、しっかりした学術的な根拠(研究論文)がない話も含まれます。「そういう考え方もあるのか~」と気楽な気持ちで読んでいただければ幸いです。
哺乳類の母親は、子育て中も自分のエサは自分で取ってくる必要がある
以前に、「サルの母親も、子どもを他者に預けて、他の場所に行ったりしますか?」と尋ねられたことがあります。
哺乳類の中には、いろいろな子育ての方法があります。
ホッキョクグマやツキノワグマは、冬眠中に巣穴の中で未熟な赤ちゃんを出産し、巣穴の中でお母さんは飲まず食わずで授乳し続けて、赤ちゃんを育てます。
一方でオオカミは、複数の雄と雌を含む群れをつくり、その中で繁殖できるのは、一番強い雄と雌だけです。でも、生まれた子の世話は、産んだ母親と父親だけでなく、群れの他の雌雄も、実子でないのに世話します。
キリンは、同じ年頃のコドモたちを集めた「保育園」をつくり、1頭の母親が見守りに残り(保育士役)、他の母親はコドモを置いてエサを食べに行きます。母親たちは夕方、保育園に戻ってきて、夜は自分の子と一緒に過ごします。ちなみに保育士役の母親は毎日交代しますが(見守り中はエサを食べに行けないから当然ですね)、保育士役をやっている間は、実子には授乳しても他のコドモには授乳しないそうです。
シカやスイギュウ、海棲哺乳類のアザラシなど、一部の種では「他子授乳(もらい乳)」がよく起きる、という報告もあります。
また、母親が単独で子育てする場合も多く見られます。
重要なことは、哺乳類の母親たちは、子育て中であっても、「自分のエサは自分で取ってこなければならない」ので、コドモから片時も離れず育児に専念できるのは、食いだめしてから冬眠中に出産育児する、クマぐらいしかいません。
ヒトは「離巣性」から「就巣性」へと進化した、変わった種
哺乳類の子育ては多様ですが、大きく2つのタイプに分けられ、専門用語で「就巣性(しゅうそうせい)」と「離巣性(りそうせい)」といわれています。
就巣性の種の代表格は、ネズミやネコ。コドモは未熟な状態で生まれ、生後しばらくは巣穴の中で過ごします(「巣に就く」=就巣性)。
離巣性の種の代表格は、ウマやウシ。コドモはかなり成長した状態で生まれ、出生直後から母親の後をついて歩き、巣に留まることはありません(「巣から離れる」=離巣性)。
そして、就巣性の動物では、母親が巣穴にコドモを置き去りにして(隠して)、エサを探しに行く種もあります。巣穴に置き去りにされるとき、姉などの年上の個体が世話してくれる種もありますが(キツネなど)、幼いコドモたちだけで母親の帰りを待つ種も珍しくありません。
霊長類(サル)は就巣性でしょうか?離巣性でしょうか?
ほとんどのサルは生まれたときは未熟で、ウマやウシのように自力で歩いて母親の後をついていくことはできません。しかし、母親の体に自力でつかまることはできるので、一応離巣性に分類されています。
ではヒトは?
実はヒトは「二次就巣性」だと、生物学の世界では言われています。ヒトの赤ちゃんは歩くことはおろか、自力で母親につかまることもできず、未熟という点では、巣に置き去りにされるネズミと変わりません。
ヒトは、進化の過程で脳が大きくなりましたが、母親の産道の大きさを広げるのは限界があるため、未熟な状態で出産するようになったと言われています。
ヒトは離巣性のサルから、「二次的に」就巣性へと進化した、ちょっと変わった種なのです。
この続きは、次の連載回でお伝えします。
〈参考文献〉
●竹下秀子(2001年)「赤ちゃんの手とまなざし─ことばを生みだす進化の道すじ(岩波科学ライブラリー)」岩波書店
●根ヶ山光一,柏木惠子(編集)(2010)「ヒトの子育ての進化と文化– アロマザリングの役割を考える」有斐閣
●サラ・ブラファー・ハーディー(2005年)「マザー・ネイチャー(上)(下)」早川書房
※この記事は、2016年~2017年に「つくば自然育児の会」会報に連載された「パレオ育児」に加筆修正したものです。