ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。この連載では、農耕を開始する以前の社会で、ヒトがどのように暮らし、子育てしていたかを考えています。自然人類学を学んだ筆者が、自身が子育てしながら感じたことや考えたことを書いていますので、しっかりした学術的な根拠(研究論文)がない話も含まれます。「そういう考え方もあるのか~」と気楽な気持ちで読んでいただければ幸いです。
ヒトは、健康に生きるために“料理”が必要な生物
「サルはどのくらい水分を取るのか」という質問を受けたことがあります。
野生の霊長類は(種や生息環境によって違いはあるものの)一般的には体重の約1%程度の水分が必要とされていますが、彼らは基本的に「生もの」を食べているので、もともと食べている食物(果実や葉)に大量の水分が含まれています。
もちろん、オランウータンが木の洞に溜まった水を飲んだり、乾燥したサバンナに住むヒヒが、川や池の水を飲むことはあります。でも、毎日ではありません(1日1回も水を飲まない方が普通です)。
もしサルの水分摂取量を正確に測ったとしても、私たちヒトにとっては参考になる値にはならないと思います。なぜならヒトは「料理をするサル」だからです。ヒトは調理(加熱)をした食物を摂取していないと、健康を維持できない生物なのです。
アメリカを中心に、「生食主義(ローフーディズム)」という、野菜も肉も生で食べる、という食生活を実践している人たちがいます(より自然に近い、野生動物のような食生活を送った方が健康にいいはずだ、と考えている人たちです)。
この生食主義者を対象に行われた研究の結果は、「生の食物(加熱しない食物)のみを摂取していると、人間は健康を維持できない」というものでした(詳しくは「火の賜物」*という本で紹介されています)。
“料理”がヒトを、大量の水の摂取へと向かわせた
人類は少なくとも80万年前頃には火を使って(調理して)いた、という考古学的証拠があります。私たちヒト(ホモ・サピエンス)が誕生したのは、30万年前ですから、それよりはるか昔から人類は火を使い、調理していました。
調理をするようになって、消化器官への負担が減り、消化に使っていたエネルギーを脳にまわすことができるようになった、と考えられています。つまり、私たちヒトは「食物は加熱してから食べる」という前提で、身体ができあがっているのです。現代文明とほとんど接触しないで暮らしている民族、文化でも、火を使わない民族はほとんどいません。
しかし、調理すると、当然食物から水分が失われてしまいます。調理することによって、ヒトは他の動物よりも、食物以外に大量の水を摂取しなければならなくなってしまいました。
さらに、現代の日本人は、農耕が始まる前の縄文人や、今でも狩猟採集生活を続けている民族に比べて、大量の塩や調味料を使っています。
狩猟採集民は、基本的には動物の肉自体に含まれる塩分を摂取しています(1日1~2グラム、生物学的に人に必須の塩分はこの程度、「人体600万年史」**より。対して、厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2020年版)」の1日の塩分摂取量は6.5~7.5グラム未満)。なので、狩猟採集生活をしていた人たちは、現代日本人よりも、水分摂取量が少ない可能性は高いと思います。
<参考書>
*リチャード・ランガム著(2010年)「火の賜物─ヒトは料理で進化した」エヌティティ出版
**ダニエル・E・リーバーマン著(2015年)「人体600万年史(上)(下):科学が明かす進化・健康・疾病」早川書房
※この記事は、2016年~2017年に「つくば自然育児の会」会報に連載された「パレオ育児」に加筆修正したものです。