ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。
母乳育児が難しいのは、生き残るための哺乳類の戦略
私は第1子出産直後はなかなか母乳が出ず、退院して2日ほど経ってから、ようやく母乳だけで育てられるようになりました。
「出産直後からあふれるように母乳が出た」という方もいるでしょうが、「なかなか出なかった」というお母さんの方が多いのではないでしょうか?「母乳を出すのがなんでこんなに大変なの!?」と思った方もいると思います。
でもこれ、サル的(生物学的)に考えれば、赤ちゃんとお母さんが厳しい環境の中でも生き残るために必要なことだ、ともいえます。
私たちの祖先が狩猟採集生活を送っていた頃、食べ物はいつも豊富にあるわけではありませんでした。ときには、飢えにさいなまれるような状況で、出産することもあったでしょう。
母乳を出すということは、お母さんが多くの栄養とエネルギーを消耗することでもあります。死産や、赤ちゃんがとても弱っていてとうてい生き延びられそうもない状況でも、お母さんがあふれるような母乳を出していたら、お母さんの命がけの母乳でさえ無駄になってしまいます。
なので、お母さんの体は、赤ちゃんに母乳を吸う力があることを確かめてから、母乳をつくり出すようにできているのでしょう。
「助産師」役もこなす、動物園の飼育係
また、赤ちゃんが必要とする母乳の量は個人差も大きいので、最初から決まった量の母乳をつくっていたら、無駄になってしまうかもしれません。
長い進化の歴史の中で、私たち哺乳類は「お母さんの負担を最小限にして、かつ赤ちゃんに必要な量の母乳を供給する」という問題を解決してきたのです。
ちなみに、最初に母乳がなかなか出ないのは、サルも一緒のようです。出産して最初の授乳は24時間以上経ってから、という例も動物園では珍しくありません。
また、動物園のサルの場合は、特に初めての出産では、お母さんサルが母乳の飲ませ方をわからず、授乳できないこともあります。そういうときは、飼育係の人が檻の中に入って、赤ちゃんを「正しい」位置に置くのを手伝ったりする「介添哺乳」が行われることもあります。まるで助産師さんみたいですね。
※この記事は、2011年4月~2013年3月に「つくば自然育児の会」会報に連載された「サル的子育て」に加筆修正したものです。