ボルネオ島の熱帯雨林で、長年オランウータンの研究をしていた、久世濃子さん。そんな久世さん自身が2児のママになり、見えてきたものとは?サルの研究を通して、「ヒトの子育て」を考える連載です。
サルのお父さんは「誰だかわからない」がほとんど
ヒトは他の大型類人猿に比べると、出産間隔が短いほうです(ゴリラ4年、チンパンジー5~6年、オランウータン6~8年)。
ヒトがこのように短い間隔で出産できるようになったのは、「お父さん」と「おばあちゃん」のおかげだと言われています。今回はお父さんについて、次回はおばあちゃんについてお話ししようと思います。
ほとんどのサルでは、お父さんは子育てに関わらず、お母さんが一人で子育てをします。例えばチンパンジーやニホンザルでは、同じ群れの中に複数の雄と雌がいて、誰がお父さんなのかわからないことがほとんどです(ゴリラやマーモセットなど、子育てする「お父さん」がいる種もいますが、霊長類全体を見渡すと少数派です)。
しかしヒトでは、どんな文化でも必ず「お父さん」と呼ばれる存在がいます(文化によっては必ずしも「遺伝的な父親」ではない場合もありますが、ほとんどの文化で、特定の男性が、母親と一緒に子どもの保護者の役割を担っています)。
「出産間隔を短くする」という、ヒトの生き残り戦略
狩猟採集で暮らしていた私たちの祖先の時代は、お父さんが狩りに出掛けて獲物(肉)をとり、お母さんが採集に出掛けて、植物性食物(果実やイモなど)をとってきて、とってきたものを、子どもも含めて家族みんなで分けあって食べました。
狩りは失敗することも多く、毎日必ず肉を食べられるとは限りませんが、成功すればとても栄養価の高い食べ物が一度に大量に手に入ります。一方、植物性食物は毎日手に入る一方、肉に比べると栄養価が高いとはいえません。
つまり「お父さん」とお母さんが互いに食べ物を持ち寄って、協力して子育てするようになったので、 ヒトの女性は3~4年という比較的短い出産間隔で子どもを産むことができるようになったのです。また最近では、狩猟採集社会でも女性が狩猟をしていたという報告が増えてきています(Anderson et al. 2023、『「男が狩り」「女は採集」は誤解? 9千年前のペルーに女性ハンター』朝日新聞2023年7月16日)。
とはいえ、狩猟採集の時代、子どもの死亡率はとても高かったと考えられています。ヒトは出産間隔を短くしてたくさんの子どもを産まないと、次の世代に命をつなげていくことができませんでした。
男性が雄から「お父さん」になり、お父さんとお母さんが互いに助けあって子どもを育てる社会をつくることで、ヒトは厳しい環境の中で生き残ることができたのです。
※この記事は、2011年4月~2013年3月に「つくば自然育児の会」会報に連載された「サル的子育て」に加筆修正したものです。